さよなら階段

2016年6月12日(日) - 7月10日(日)

この度、MISAKO & ROSENでは、4人の写真家、安村崇、森本美絵、題府基之、茂木綾子による写真のグループ展「さよなら階段」展を開催いたします。
MISAKO & ROSENは、ビルの取り壊しに伴い昨年秋に仮スペースに移転いたしました。2017年の初夏には平田晃久氏の建築による新しい建物が立つ、元の北大塚3-27-6の住所に戻る予定です。
本展覧会は、MISAKO & ROSENの旧スペースのど真ん中にあったコンクリートの階段へのオマージュとして考えられた展覧会です。このコンクリートの階段はMISAKO & ROSENにとっては、展覧会スペースにあるただの階段ではありませんでした。あるときは会議室の機能を発揮し、展覧会を訪れた人々がゆっくり腰をかけて本をよんだり、パフォーマンスや映像作品を観るために座ったりとソーシャルやコミュニケーションなどあらゆる機能を持っていました。この階段はギャラリーに訪れた人すべてに対してオープンな存在でした。階段があることにより展覧会を考えるアーティストは階段と共にインスタレーションを考案していく必要がありました。そんな、なくなってしまった階段を惜しみながら、MISAKO & ROSENの4名の写真のアーティストにそれぞれの特色にあった方法で、階段がなくなる前から仮スペースへ移動していくさよならの過程を記録してもらうようにお願いしました。
「さよなら階段」展はMISAKO & ROSENがこれまで企画したグループ展の中で最も明確にエモーショナルな展覧会です。それは、私たちがこの階段のあったスペースをこよなく愛し、さよならを告げなければいけなかったからです。

<関連情報>
題府基之 新刊「Still Life」Newfave刊
カラー、オフセットプリント、ハードカバー 全64ページ
デザイン:Goshi Uhira Printing & Binding : Shumpousha.,Co.Ltd.
500部限定
http://newfavebooks.com/still-life-motoyuki-daifu.html

茂木綾子 映画「幸福は日々の中に。」
2016年初夏 シアター・イメージフォーラム他全国にて順次公開予定!
茂木綾子/ヴェルナー・ペンツェル(監督・脚本・撮影)
http://silentvoice.jp/whilewekissthesky/

<アーティストからのコメント>
あの階段で困ったことが1つだけあります。それは美沙子さんのパンチラです。スカートで無造作に階段にバザっと座るので、下の段に座ってたりすると見えそうになるんです。「見えそうですよ」と何度伝えたことか。でも美沙子さんももうお母さんですし、そろそろパンチラも卒業の頃でしょうか。。 さよなら階段 さよならパンチラ
─ 八重樫ゆい

MISAKO & ROSEN STAIRS
あの階段は時にオープニング中に不安な空気をかもし出す。ほとんどの皆がオフィスや入口付近の階段に腰掛けている間、自分か2人くらいの人が下の段で話している。
多分、僕らを見下げて評論会をしているのかな。
─ トレバーシミズ

M&Rのギャラリーアーティストは皆そうだと思うけど僕もあの階段にはいろいろな思い出や思い入れがある。2010年の個展のオープニングで笑福亭里光さんの高座の観客席として素晴らしく機能したこともそうだけど2015年の個展のために「もしもローマン・オンダックがM&Rに現れたら」という設定でジェフリーとミサコさんが描いてくれたポートレートの両方にあの階段が当然のごとく登場していことが強く印象に残っている。あの階段はあの空間のシグネチャーだったから。
─ 奥村雄樹

この「さよなら階段」に参加した4人の写真家の中で、私だけがあの思い出の階段を撮影せず、他の3人が撮った階段の写真が入れ子式に収まる写真作品が現ギャラリー内部の入り口付近に掛けてある様子を、ギャラリーの外側から撮影した作品になった。
あの階段の思い出は、この写真のように小さく片隅に追いやられ、そしていつしか皆の記憶から消えて行くのだろうか。階段を撮らなかった代わりに、解体中の現場の撮影に行った。解体作業中故に、その階段の近くへ踏み入ることもできず、外から覗き込むように撮った組写真の作品もまた、かつての階段の周辺の記憶をパズルのように組み合わせ、ぼんやりとその記憶を繋ぎ止めようとしているが、この作品を見てあの階段を思い出すのはかなり難しい。
しかし不思議と今、あの階段を思い出そうとすると、とても鮮明にその記憶が蘇って来るのは何故だろう?
階段を上り下りしながら、ミサコやジェフリーと自分の作品を展示し、階段に座って、展覧会に来てくれた懐かしい友人と話込んだりした。
いろいろな思い出が目の前に広がっていく。
ありがとう、階段。
─ 茂木綾子

あの階段に腰掛けている誰もがみな子供のようにみえました。河原の土手のような存在でした。
─ 安村崇

ギャラリーのオープニングは、アートという高級品を売っています。でもオープニングが終わると階段にはかならず、ブランチのゴミや訪れた人の足跡だらけです。
まるで駅の階段みたにね。
─ 加賀美健

初めてMISAKO & ROSENのあの階段に座ったのは2008年の夏でした。「Here's Why Patterns」展に出展するために3-4年ぶりに日本に来た私はしどろもどろしながら、飛行機からおりてすぐギャラリーに向かいました。それからギャラリーの階段を観て少し混乱したのも覚えています。このギャラリーは変なところに入口が設置され、階段をおりながらスペースへ入っていくのですが、壁が階段で中断されているのです。確かにこの状況は難しかったけど座わるという違った機会を与えられたのです。何年後かに開催した2度目の個展の時は、ギャラリーの階段を自分のペインティングを座らせる為の場所として使いました。それは本当に階段がペインティングの一部になっていました。そして作品が展覧会に訪れた人と一緒に座っていたのです。
─ ファーガス・フィーリー

僕はいつでもどこでも座り込むのが好きな行儀の悪いやつなので、階段があると一応座ってる感があってよかったね
─ 竹崎和征

あの階段はギャラリーの中で上の階から下の階に移動するのにとてもいい方法だった。
─ ネイサン・ヒルデン

人生の中で、いちばん座った階段。ギャラリーにいた時、階段にいる時間の方が、長かったかもしれない。
─ 有馬かおる

実はあの階段とは長い付き合いです。大学をでてはじめての展覧会が97年、当時のタカイシイギャラリーでした。不思議な縁で美沙子ちゃんとジェフリーと知り合い、06年のMISAKO & ROSEN開廊以来、たくさん作品を見せる機会をいただきました。ほぼ毎回プロジェクターをつかった作品があったのでいつも薄暗いなか、オープニングを迎えました。階段にすわると、自然と作品を見ながら落ち着いて話しすることになるんですよね。とてもよかったです。
─ 廣直高